まじめ道楽

観たもの、聴いたもの、読んだもので生きる

米津玄師さんのLemonを聴いて。

コーヒーの苦い美味しさは、大人になってからでないとわからない。いつ大人になったのかわからないまま、コーヒーは飲めるようになっていた。いつから飲めるようになっただろうか。苦くて飲めなかった自分はどこに行ったんだろうか。それとも、苦さや辛さに鈍感になっただけかもしれない。大人ってそんなもんだと納得してみたりする。

 

数ヶ月前に勤めていた前の会社にいた頃、米津玄師さんの「Lemon」を初めて聴いてから、中毒のようにリピート再生している。何故なのか自分でもよくわからない。久々にCDを買うほど、妙に耳に残る曲がLemonだった。

いい曲だと思った。好みの曲とは違うけれど、とにかく聴いていて飽きない。だんだん耳から離れなくなり、繰り返し繰り返し聴いた。

歌詞はどのフレーズを区切っても、大切な人が離れたことで寂しく思う気持ちや悲しいという気持ちがただひたすら言葉にされていた。その中で、レモンという単語やその存在感が妙に引っかかって今でも頭から離れない。

レモンは果物だけど、そのままで口にすることはあまりない。たいていは料理に添えられるもの。調味料として唐揚げにかけたり、生臭さを取ったりできる(詳しくないので料理の効果はググって欲しい)。アイスティーに添えたり、エスプレッソにレモン汁を数滴垂らせば、爽やかな酸味をプラスできる。レモンは見ているだけで唾液が出てくるけれど、主役にはなかなかなれない。添え物の脇役。

そのレモンが、この曲では不思議な存在感がある。

胸に残り離れない 苦いレモンの匂い

普段、レモンの匂いを能動的に嗅ぐことはあまりないし、どちらかというと、その強烈な酸っぱい味の方が印象に残る。アロマなどで香りを楽しむ目的のものもあるけれど、この曲では爽やかな香りではなく、「苦い」と歌っている。果実をそのままかじった時に、溢れる果汁と、果肉から染み出るわずかな苦味。皮はもちろん苦い。胸焼けするような酸味。

切り分けた果実の片方の様に

切り分けるというフレーズ。果物の皮から包丁を入れ、果肉に到達した時に弾ける果汁。レモンの皮のかたさと、果肉の感触。カットした時に弾けて鼻につく匂いと、包丁にまとわりつく果汁。細かな情景が思い浮かぶ。そんなイメージや映像が頭に貼りつく。

何故こんな歌を書いたのか。こうなると興味が湧くのが性分で、インタビューやら経歴やらを調べたくなる。ニコニコ動画で活動されていた名前は見ていたけど、あんまり曲は聴いたことがなかった。曲にもいろんな個性があって、当時はあまり好みのタイプではなかったんだと思う。

とあるラジオ番組で、米津さんがLemonについて話していた。詩人の茨木のり子さんという方の詩を読み、人が死ぬということをいろいろ考えながら作っていたそう。その最中に、祖父が亡くなられた。一回作っていたものを全てボツにして、新たに作り直さなければならなくなった。ドラマで流れる曲なのに、あなたが死んで悲しいというパーソナルなことを、4分間ひたすら歌うだけの曲で大丈夫なんだろうかと思ったそうだ。

 

身内のことになるけれど、今年、私の祖父も亡くなった。その数年前に祖母も亡くなった。祖母の時も祖父の時も実家から離れて、忙しい職場に勤めていて、数日休みをとって飛行機で帰り、葬儀に向かうということはできなかった。そんな時間も、お金の余裕も、心の余裕もなかった。亡くなった顔も見ていない。親は「今は仕方ない。その場所で頑張りなさい」と言った。祖母の時も、祖父の時も。悲しい気持ちに襲われなかったのは、仕事で疲弊していたからなのか、不思議と塞ぎ込まずにいられた。それでも、帰ることができた祖母の四十九日には悲しくなってしまった。入院していた祖父に会えた時は、祖父だとは思えないほど小さく車椅子に座っていて、ほかの患者さんかと思い廊下ですれ違ったほどだ。山登りが好きだった元気のいい祖父の面影はなかった。祖父は記憶も曖昧で、こちらから名乗らないと私が誰なのかがわからなくなっていた。

月並みな言い方だけれど、祖父がいなければ父も私もいなかった。戦時中を逃げて生きてくれた。ここまで世代を繋いでくれた大きな存在の祖父と、小さな添え物のレモン。どちらも忘れられない存在感を残していった。

切り分けた果実の片方の様に

まるで果物にも死があるかのように歌われるフレーズ。切り分けられた命。どちらか片方は生きていて、もう片方は死に分けられるのだろうか。それとも両方の輝きが失われるのか。しかし、果実の甘さも魅力も、その苦さも、果肉の輝きも。切り分けないと見えない。

雨が降り止むまでは帰れない

今でもあなたは私の光

雲間から差し込む光をあなただと思い、しかし晴れるのを待たないと帰ることができない弱さ。そばにいなくても信じて前を向けるのは、あなたが光になってくれるから。生きる理由になる。

 

前の職場で疲労困憊。ヘトヘトになった時、余ったレモンの切れ端を見つけた。疲れた脳には糖分が必要だけど、体が疲れた時には酸味が必要だ。その時は猛烈に体が酸味を求めていた。輪切りにしたレモンを迷わず口に放り込んだ。酸っぱさで顔をぐしゃぐしゃにして、歌詞にあったレモンの匂いはこれか、などと思いながら、苦みを探した。舌がピリピリする。見つける前に、体の血管中を巡るように染み込んでいった。かじったレモンの味は、苦さも含めて、心の底からおいしいと思った。

Lemon

Lemon

 
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