まじめ道楽

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歌詞解釈、コード解説『灯台』黒木渚

灯台』 作詞・作曲・歌/黒木渚

ミュージシャン、黒木渚さんの圧倒的な魅力は歌詞です。ご本人曰く、

「私のルーツは音楽ではなく文学だ」

とインタビューに答えるほど。音楽活動の傍ら、小説も何編か書いていらっしゃいます。

今回は、個人的に名曲だと思っている『灯台』という曲の歌詞解釈とコード解説を書いていこうと思います。

※以下に書かれた解釈は、個人的な解釈であり、制作者の意図とは関係ありませんのでご了承ください。また、楽曲のコードは公式に楽譜として出版されたものではありませんので、公表や転載はご遠慮ください。

【歌詞解釈】

視点の大移動。

今回紹介する『灯台』という曲は、"私"を視点にして"私"が大切に思っている"あなた"を"灯台"に例え、"あなた"への憧れや恋の気持ちを歌った曲だと思っています。この曲を聴いて私は、大学生の頃の気持ちを思い出しました。まるで深夜にヘッドフォンでラブソングを聴きながらラブレターをしたためて朝には猛烈な痛さに襲われるようなあの頃の気持ちです。このブログも深夜に書きました(やめろ)。

歌詞は"私"と"あなた"(灯台)がメインで登場し、2人の関係と"私"の気持ちが表現、展開されていきます。スローバラードな曲調ですが、登場人物の視点がスピード感を持って次々に変化する描写は、歌詞がこの曲に抑揚をつけている最大の特徴になっています。

では、1番。Aメロの1フレーズ。

遠くから見るあなたって 凛とそびえる灯台

冒頭から"私"という視点から"あなた"をどのように見ているか、そして2人の距離感が表されています。暗い夜、"私"は広い海に漂っていて、"あなた"がとても遠くに光となって見えているという情景が浮かび、そして互いの距離感が伝わってきます。"あなた"は"私"にとって近づきたい対象であり、右も左もわからない暗い海では唯一目印になってくれる灯台に例え、拠り所のような重要な存在を象徴しています。次のフレーズへ。

「こっちへおいで」 強い光で示しているの

「呼ばれればどこへでもついていきたい」まさに拠り所としているのは"あなた"のこと。続くAメロのフレーズ。

足元を何度も回って見上げてみると あなたは誰に光を届けているの?

ここで視点が一気に灯台の真下へ移動しています。冒頭では海から対岸に見える、遠い灯台の光を見つめる視点でしたが、このフレーズで灯台の足元から光を見つめる視点の変化があります。"私"が"あなた"との距離を伺って、時に友達のように気軽に離れたり、時には恋人のように近づいたりする様子とも捉えることができるでしょう。そんな不安定な心の揺らぎの中で、ふと近づいて見つめると"あなた"の視線の先が気になってきます。Bメロへ。

水平線の向こうで迷える私のこと

ここでまた視点が変わります。これは灯台に例えた"あなた"からの視点。水平線とは空と海の境界線のことですが、実際にその境界線が海と空の間に目に見えて引かれているわけでありませんね。空と海が見渡せる距離に立って、海の沖に見える空との境が水平線であって、近く目の前に見えるわけではなく、必ず距離を持って遠くに見えるのですね。"私"が海にいたとして、その"私"から見える水平線は"私"が居る位置からはさらに遠くのことを指すことになります。しかもここでは-水平線の向こう-と歌われていますから、"私"が海にいても灯台の真下にいても"私"の視点から「水平線の向こうで迷える私」と歌うことはできません。それができるのは灯台になっている"あなた"か、"読み手"が視点になっている時だけです。

"あなた"は灯台のように高い所から水平線を見渡すことができます。その水平線のさらに向こう側に"私"が見えるということですね。そしてその"私"は行く先を迷っています。

余談になりますが、ここでもう一つ面白いのはメロディです。-水平線-の部分はすべて同じ音で歌われています。すーい・へーい・せーんと同じ音が3つで歌われて、お経のように単調に聴こえますが、その直線のようなメロディで水平線を表していると捉えることもできます。また、ここではⅣM7というコードが演奏されています。和音を構成する音に、主音の半音下の音が含まれているコードです。鍵盤や楽譜を想像していただくと、この半音下というのは、ドとシと同じ関係の音程なので、鍵盤で隣同士に弾くと、不協和で濁って聴こえます。ここで歌われている音は、ちょうどこのシにあたる不協和な音になっています。つまり、-水平線-と、直線的なメロディを歌っておきながら、音に揺らぎがあり、それが後の歌詞にある-迷える私-という不安な気持ちを表していると捉えることもできます。続く、-の向こうで-というフレーズでは、直前の直線のメロディから上昇するメロディを裏声(ファルセット)で歌い、駆けあがったメロディが、楽譜に書いてみてもわかると思うのですが、山なりの放物線を描いて下降して着地する形のフレーズになっています。まさに乗り越えるような形に見えます。楽譜に書き起こしてみると、目で見えるメロディの形もまさに、-水平線の向こう-になっているのですね。

話を歌詞に戻します。行き先を迷っている"私"。視点が"私"に変わり、

導いてくれたなら 真っ直ぐに君のいる港へ

この曲の歌詞に"君"が登場するのは、このフレーズたった一度だけです。"あなた"を"君"に言い換えただけなのでしょうか。それとも、"あなた"から"私"を呼ぶ時の呼び方なのでしょうか。もしかすると"私"は海ではなく、水平線の向こう、灯台からは対岸の港にいると言えるかもしれません。灯台の光は約30km先まで届くそうです。灯台の光が見える距離の対岸があってもおかしくはないのではないでしょうか。このフレーズで"あなた"は灯台の真っ直ぐな光になって、対岸にいる"私"に会いに行くと言っているのかもしれない。しかし、これまでの歌詞から見て、導かれているのは迷っている"私"なのですから、"君"は"あなた"の言い換えなのだというところにとりあえず落ち着こうと思います。

そうして"私"は灯台のような"あなた"に導かれて、暗い海の上でその光を目印にし、憧れの人のもとへ近づこうと港へ向かいます。しかし、"私"がそう決意した時には、もう朝がやって来る時間になっていたのです…。この後で壮大なサビが歌われます。ぜひ楽曲を聴いてみてください。

Aメロ、Bメロだけで視点が次々に変化する動きがあり、とても面白い歌詞だと思いました。視点の移動がサビを歌うまでに3回も行われています。歌詞の言葉数も多いわけではありません。この表現は小説でもできない、歌ならではの表現になっていると感じました。聴き手、読み手である私たちの視点が、曲を聴いているうちに、海→灯台の足元→灯台→海という大移動を瞬時に行なっています。少ない言葉でこの歌の世界の風景を緻密に想像させることができているのです。全体を通して主語は多いが、登場人物は少なく、「私がこうした」「あなたはこう言った」という、主語中心であえて語らない。言葉をシンプルにして伝える言葉選びはとても魅力的だと感じました。

 

【コード解説】

コード進行の解説に移ります。サビの途中まで有名なパッヘルベル作曲『カノン』のコード進行が使われます。

Ⅰ-Ⅴ-Ⅵm-ⅢmーⅣ-Ⅰ-Ⅳ

聴き慣れた伴奏であるだけに、メロディも聴き慣れたものになりがちですが、そこはミュージシャンの腕の見せ所で、この曲はとてもメロディに無駄がなくゆったりとした歌を聴かせてくれます。さらにこの曲にもっとも劇的な変化を与えているのはこの後と、サビ直前のコードです。

J-POPでは主和音に向かって進行するコードとしてよく使われます。主和音の調の、同主調平行調。移調した調のⅣ(サブドミナント)とⅤ(ドミナント)として、サビ直前で初めて登場します。主和音がCだとすると、同主調(Cm)の平行調(E♭)のⅣ(A♭)とⅤ(B♭)です。このコード進行が曲の雰囲気をガラっとドラマチックにさせ、サビへと盛り上がっていきます。

同主調転調というこのコード進行は、様々な楽曲に使われていて、同主調マイナーのⅣ→Ⅴ→Ⅰに進行すると思いきや、Ⅵmの同主調(マイナーからメジャー)へと変化し、独特な展開を見せます。同時に終止感を感じることのできる便利すぎて頭が上がらないコード進行、秘密兵器でもあります。※

曲全体としては素朴なコード進行なのですが、素朴が故にメロディで余計なことはできず、無駄があると目立ってしまう。それでもスローなテンポにしっとりとしたメロディを聴かせてくれる、繊細で洗練された一曲になっています。

CD音源はバンドサウンドなのですが、Youtubeにある本人のライブ映像では、ピアノ伴奏のみで演奏され、それが曲にマッチしていて、思わず聴き入ってしまい好きになりました。

『解放区の旅』のシングルのカップリングに収録され、itunesでも配信されています。ぜひ聴いてみてください。

ライブ映像。黒木渚「灯台」国際フォーラムホールC 2016.06.03(Live/Encore) - YouTube

灯台

灯台

解放区への旅 通常盤

解放区への旅 通常盤

 


あぁ。私の灯台はどこに…。

ではまた!